パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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コロナ禍における切り札?フランスにおける「衛生パス」の効果が実証される

 日本でも大きく報道されていましたが、2021年末から年明けにかけてフランスをはじめヨーロッパ各国では新型コロナ感染症の感染者数が爆発的に増加しました。新たな変異株とされるオミクロン株の流行により、2021年1月に入ってフランス国内では1日あたりの新規感染者数が30万人を超える日が相次ぎ、フランス保健省のデータによると1月25日には50万人を超える過去最高の感染者数を記録しました(1月31日時点)。こうした状況下において、フランス政府は週3日以上のテレワークの実施を義務付けたり、マスク着用が義務付けられる場所・施設の範囲を拡大したりするなどの対応策を講じました。しかし、新規感染者数が増大する中でも、2020年から2021年にかけて3回ほど実施されたコンフィヌモン(ロックダウン)を再び行うという動きは全く見られませんでした。

  これまでと比較すれば医療施設の患者受入態勢にまだ余裕があるなど、フランス政府がコンフィヌモンに踏み切らない理由はいくつか考えられますが、理由の一つとして、2021年7月から導入された「衛生パス(Pass Sanitaire)」がコロナ禍のフランスにおいて大きな役割を果たしていることも挙げられるでしょう。ワクチン接種等を証明する衛生パスは、レストランやカフェ、長距離交通機関などを利用する際には必ず提示が求められ、現在のフランスで日常生活を送る上でなくてはならない存在です。

衛生パスの提示を求める店頭のステッカー

 1月18日、仏首相府下の調査機関CAE(経済分析評議会)のウェブサイトで、この衛生パス導入の効果を検証する調査結果が発表されました[i]。この調査は、フランス・ドイツ[ii]・イタリア[iii]の3か国を対象とし、数学者や経済学者等から構成される調査チームによって実施されました。コロナ禍において世界各国が様々な対応策を講じている中で、「ワクチン接種証明(ワクチン接種証明、陰性証明、治癒証明の3種を含む。)」の効果に着目し、ワクチン接種証明を導入している3カ国を比較し、その有効性を検証することが本調査の目的です。

 調査結果によると、①ワクチン接種の促進、②医療体制への負荷軽減、③経済活動へのダメージ抑制、④ロックダウンの回避という4つの点で、ワクチン接種証明のもたらす効果が認められたとされています。

①ワクチン接種の促進
 各国においてワクチン接種証明が導入された時点でのワクチン接種率(少なくとも1回の接種を受けた率)は、フランスは人口の53.8%(21年7月)、ドイツでは62.5%(21年8月)、イタリアでは61.6%(21年7月)だったのに対し、2021年末ではフランスは78.2%(+24.4%)、ドイツは73.5%(+11.0%)、イタリアは80.1%(18.5%)までそれぞれ上昇しています。仮にワクチン接種証明が導入されていなかった場合には、各国での接種率はフランスでは65.2%、ドイツでは67.3%、イタリアでは70.4%に留まっていたと推定されており、ワクチン接種証明導入によって、フランスで13.0%、ドイツで6.2%、イタリア9.7%、それぞれワクチン接種が促進されたことになります。

 

表1:ワクチン接種率の上昇(ワクチン接種証明非導入時との比較)

②医療体制への負荷軽減
 ワクチン接種証明が導入されなかった場合、フランスでは32,065人、ドイツでは5,229人、イタリアでは8,735人、それぞれ2021年末までの入院患者数が実際より増加していたものと試算されています。この試算に基づけば、ワクチン接種証明の導入がなかった場合、フランスでは31.3%、ドイツでは5.0%、イタリアでは15.5%、入院患者数が増加していたことになります。また、死者数については、フランスでは3,979人(31.7%)、ドイツでは1,133人(5.6%)、イタリアでは1,331人(14.0%)実際より増加していたとされています。

 

表2:ワクチン接種証明非導入時の入院患者・死者の増加数(推定)

③経済活動へのダメージ抑制
 ワクチン接種の導入時期から2021年末にかけて、仮にワクチン接種証明の導入がなかった場合、フランスでは0.6%、ドイツでは0.3%、イタリアでは0.5%、それぞれ国内総生産(GDP)が減少していたものと推定されています(週単位のGDPの平均により比較)。これを金額に換算すれば、フランスは60億ユーロ(7,680億円)、ドイツは14億ユーロ(1,792億円)、イタリアは21億ユーロ(2,688億円)相当になります[iv]

④ロックダウンの回避
 ロックダウンの回避に関して、本調査ではICU(集中治療室)での受入患者数を指標として用いています。試算によれば、フランスでは、2021年末における人口10万人当たりの受入患者数は52.4人でしたが、ワクチン接種証明の導入がなかった場合には76.1人(45%増)にまで増加していたとされています。この数値は2021年4月のコンフィヌモン(ロックダウン)実施時のものに匹敵するため、ワクチン接種証明の導入がロックダウン回避につながったと本調査は推論しています。これに対し、ドイツではワクチン接種証明の導入にはあまり効果が見られず、イタリアではそもそもICUでの患者受入数自体が少なかったためワクチン接種証明の導入により大きな差は見られなかったとされています。

 本調査では、ワクチン接種証明の導入は、フランス・イタリアでは大きな効果が認められたのに対し、ドイツでは限られた効果しか認められていません。その理由については、導入方法の違いによるものとされています。フランス・イタリアでは政府の強力なイニシアチブにより国内一律で導入されるとともに、国民に対する訴求力が強かったのに対し、ドイツでは段階的に導入が進められたうえ、州単位で様々な違いがあったことが原因であると本調査は結論付けています。また、フランスでは2021年8月[v]、イタリアでは同年10月からワクチン接種証明の導入が職場でも進められたのに対し、ドイツでは同年11月になってから職場での導入が進められたことも原因の一つとして指摘されています[vi]

 フランスでは、1月24日からこれまでの衛生パスがワクチンパス(Pass Vaccinal)に切り替えられました。衛生パスではワクチン接種証明・治癒証明に加え陰性証明も認められていましたが、ワクチンパスには陰性証明が含まれていないため、実質的にワクチン接種を義務化することになります。その一方で、2月2日以降、文化・スポーツ施設における人数制限や屋外でのマスク着用義務が解除されるなど規制緩和も進められ、フランスでは感染症の拡大防止と経済活動の両立が図られています。

 日本では1月に入ってからまん延防止等重点措置が多くの都道府県に適用される一方、2年にも及ぶコロナ禍の中で、「コロナ疲れ」という言葉に象徴されるように、自粛生活の長期化による弊害も大きくなっています。ワクチン接種を強力に推進しようとするフランス政府の対応は国内でも大きな議論を呼んでいますが、フランスにおける衛生パス・ワクチンパスの活用、及びその効果を実証した本調査結果は、コロナ禍において感染症の拡大防止と経済活動の両立とに苦慮する日本にとって、示唆に富むものと言えるのではないでしょうか。

 

[i] Le Conseil d’analyse économique(2022.1.18), The effect of COVID certificates on vaccine uptake, health outcomes, and the economy, URL:  https://www.cae-eco.fr/limpact-des-pass-sanitaires-sur-le-taux-de-vaccination-la-sante-et-leconomie(参照日:2022年1月24日)

[ii] ドイツでは、ワクチン接種者(Geimpfte)と快復者(Genesene)のそれぞれの頭文字に由来する「2Gルール」が適用されている。22年1月からは2G(ワクチン接種者や感染からの快復者)であっても,日々の有効な陰性証明書またはブースター接種を行った証明を提示できる者のみレストラン等への入店が可能となる「2Gプラスルール」が新たに適用されている。

[iii] イタリアでは、ワクチン接種・陰性・治癒を証明する「グリーンパス」が導入されており、21年12月末からはワクチン接種と治癒を証明する「スーパーグリーンパス」が新たに導入された。

[iv] 1ユーロ=128円とした場合。

[v] フランスでは、一般公開施設(ERP)の従業員に対する衛生パスの所持が8月30日より義務化された。一般公開施設とは、外部の者が入ることのできる建物を指し、病院や老人ホーム、保育所、劇場や展示場、商店・ショッピングセンター、レストラン、ホテル、学校などの教育施設、図書館、銀行や行政機関など、顧客や市民の来訪が可能な場合は一般公開施設に含まれる(出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構HP。https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2021/10/france_01.html)。

[vi] Le Monde(2022.1.18), Couverture vaccinale, nombre de décès et PIB : le rôle décisif du passe sanitaire en France, URL: https://www.lemonde.fr/planete/article/2022/01/18/couverture-vaccinale-nombre-de-deces-et-pib-le-tres-fort-impact-du-passe-sanitaire_6109885_3244.html(参照日:2022年1月24日)