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パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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コロナ禍のフランスの観光動向と今後の旅行トレンド

 世界中から年間約9,000万人の来訪者を受け入れ、関連雇用は約300万人、観光消費支出がGDPの約7%を占めるフランスにとって、新型コロナウイルスによる国内経済への影響は甚大なものとなった。フランスでは、2020年3月17日正午より、厳格な外出制限措置が導入され、また欧州内も含めすべての国に対して国境が閉鎖されたことから、観光業は事実上活動停止状態となった。この状況は外出制限の段階的解除が始まった5月11日まで続いたが、政府は観光産業がフランス経済に極めて重要な産業であるとの認識のもと、5月14日には省庁間観光委員会を開催し、国民の夏の旅行を承認するとともに、総額180億ユーロ(約2兆円規模)の大規模な観光刺激策を発表した。自治体やコミューン間広域行政組織においては、宿泊税及び観光事業者の不動産税3分の2を減税することが可能となったほか、国の財政支援により社会保険料の雇用者負担免除、一時帰休制度の適用延長、連帯基金を通じた給付金支給の適用拡大等の措置が取られた。

内需が支えたバカンスシーズン

 5月11日以降、商店の再開など外出制限の段階的緩和が始まり、6月2日からは地域の感染状況に応じてカフェ、レストランが再開、国内が自由に移動できるようになった上、6月15日には欧州域内では国境が開かれた。ただ、外国人観光客の受入れが当面は期待できない状況であり、加えて感染状況が悪化した場合に柔軟な対応ができる国内旅行を重視して、政府は夏のバカンス期を前に、フランス観光開発機構を通じた「この夏私が旅するフランス(#CetÉtéJeVisiteLaFrance)」キャンペーンを展開した。これは、国内の観光産業を支援するもので、旅行者及び観光関連業者の衛生対策を徹底するとともに、地域を再発見する国内旅行を促進した。

私が旅するフランス
フランス観光開発機構による「この夏私が旅するフランス(#CetÉtéJeVisiteLaFrance)」キャンペーン(出典:フランス観光開発機構HP)

クレルモンフェランの観光案内所
フランス中南部クレルモン・フェランの観光案内所(2020年夏)

 2020年の夏は、直前まで見通しが立たず、移動手段や宿泊先などの旅行計画を立てられない状況であった。政府の支援を受けて、長距離移動のための公共交通機関や観光関連施設が、予約の変更・キャンセルを無料で行えるようにしたことなどから、結果的に前年比8割弱となるフランス人の約53%が7月、8月に旅行に出かけ、そのうち実に94%が国内を目的地とした。観光需要が大きく落ち込んだスペインやイタリアに比してフランスは国内旅行が下支えし、政府の取組が実を結ぶ形となった。
 7月からは、日本を含むEU域外14ヵ国からの入境も可能となったが、外国人観光客は振るわず、近隣諸国のベルギー、オランダ、スイスからの来訪者は見られたものの、特に英国、イタリア、スペインからは顕著に減少し、外国人観光客数は2019年に比べ大幅に減少した。
 バカンス期の観光状況全体としては、外需は落ち込んだものの、仏国民の選好を受け、国内旅行の7月・8月の宿泊数は前年に匹敵するなど内需に大きく支えられ、春時点での予測よりは良い結果をもたらした。

SNCF2
フランス国鉄(SNCF)が運行する高速鉄道TGVの衛生対策周知広告(出典:https://www.oui.sncf/aide/situation-sanitaire-coronavirus

 

INSEEデータ
出典:INSEEデータより作成

グリーンツーリズムが好まれた夏

 2020年のフランスにおける夏の旅行は、例年と異なる特徴が見られた。外国旅行や航空機の利用が敬遠されたことから同じ県内や近隣地域を目的地とした旅行が増加したこと、人と人との十分な空間が保てる自然の多い地域が好まれたこと、また、直前の予約変更が可能な計画の柔軟性が重要視されたことなどである。旅先としては、1位:海、2位:田園(campagne)、3位:山間部と続き、海岸部は例年に同じく人気の観光地であった一方、アヴェロン県やジュラ県などの高原や湖のある山間地域には国内外から多くの人々が訪れた。また、外出制限解除に伴う交通機関の混雑緩和や感染拡大防止のため国による自転車利用の促進が呼びかけられるなかで、フランス最長の河川であるロワール河岸に整備された約800kmのサイクルロード「ロワール・ア・ヴェロ」の通行量も増大するなど、グリーンツーリズムやアウトドアツーリズムが人気を博した。

 

自治体による観光産業支援策

 観光産業への支援は、政府だけでなく、様々な自治体が財政支援や観光振興などを実施した。観光客向けには、例えばランド県やシャラント県等では、観光客が域内の宿泊施設や飲食店を利用するなど、一定の条件を満たし申請書を提出すると、キャッシュバック受けられたり、ホテルやレストランで特典を得られるといったサービスクーポンを受け取れるようにすることで観光客誘致を図った。
 また、地域で働く雇用者向け観光促進策として、南仏プロバンス・アルプ・コートダジュール州は国と連携し、外出制限期間に対人サービスに従事した低所得者向けに、域内観光施設やレストラン等で利用できるデジタル観光小切手500ユーロを発行し、地域の経済活性化と、困難な状況で働く労働者の意欲向上を図った。この観光小切手は、同州のほかグラン・テスト州やオー・ド・フランス州、海外州などでも展開されている。
 さらに、観光事業者への支援として、ペイ・ド・ラ・ロワール州では、自治体向け公的金融機関「地域公庫(Banque des territoires)」と連携して不動産会社を創設した。この会社は資金難となっているホテルやレストランなどが所有する商用建物を買い上げ、キャッシュフローを支援するとともに、購入した物件のエネルギー効率化改修を行う。事業者は賃料を払って、そのまま経営を続けることができ、財政状況が改善した際には買い戻しができるため、事業者支援と持続可能な設備更新が同時に可能となるユニークな取組みであるといえる。

打撃の大きいパリ首都圏

 フランス南部や北西部の海岸地帯・自然地域では、コロナによる観光収入の減少が比較的小さかった一方で、外国人旅行者に観光収入の多くを依っている首都パリやパリの所在するイル・ド・フランス州では、外出制限解除後も客足の戻りは鈍かった。パリ・イル・ド・フランス地域観光委員会によれば、2020年上半期のパリにおける観光客数は前年比60%減の940万人となり、外国人旅行者数も約70%減となっている。イル・ド・フランス州の観光は、国内観光消費の27%の規模で、州GDPの6.5%を占め、雇用者数50万人以上を占める基幹的な産業の1つである。同州では、国や地域の連帯基金活用による援助、観光関連従事者への数百万枚に及ぶマスク無料配布、1,000人の観光ボランティア動員、空港施設と連携した中小企業向けのイノベーションプロジェクト、そして7月にはプロモーションや観光関連業者への直接支援として1,500万ユーロの財政支援を含む復興計画を策定した。地域のレストランへの集中的な誘客イベントや、パリが魅力的で安全なデスティネーションであることのPR、さらには家族向けに遺産スポットを訪問すると宝物がもらえる無料アプリの配信なども行いながらテコ入れを試みているが、これまで外需の恩恵を受けてきた首都圏の回復は非常に鈍いものとなっている。

エッフェル塔
エッフェル塔の展望台に設けられた社会的距離を保つための表示

レストラン
パリ市では閉業する店舗も散見される

感染第二波による再度の制限強化

 8月中旬以降、フランス国内の感染は再び拡大、10月17日から都市部都市圏を中心とした一部地域の夜間外出制限が実施され、同月30日からは全国一律の外出制限が再度導入された。11月28日からは第一段階の規制緩和として、休業措置の対象となっていた商店は新しい衛生プロトコールに従うことを条件に再開が可能となるとともに、個人による外出は、自宅から20キロ圏内、最大3時間まで可能となった。第二段階として、12月15日からは21時から朝7時までの夜間外出制限に緩和されたものの、1月16日には25県で実施されていた18時からの夜間外出制限が全国的に拡大され、さらに同月31日には新たな出入国措置等が講じられるなど、予断を許さない状況が続いている。博物館、映画館、劇場、スポーツ施設やレストラン、バーに関しては、再開の見通しが立っていない。

オペラ
外出制限期間により人気のないオペラ座・ガルニエ界隈(11月下旬、午後3時頃)

パリ閑散の様子ルーブル美術館
コロナ禍前は観光客を含む多くの訪問者が行列をなしていたルーブル美術館(12月下旬11時頃)

フランス人の今後の旅行トレンドについて

 フランスの旅行関係事業者に対して9月に行われた調査では、今後のフランス人の旅行選好について、欧州域内が優先されること、安全・衛生面が考慮され、自然の多い地域が好まれること、また予約・キャンセルの柔軟性が重視されるであろうとの見立てである。
 2回目の外出制限緩和後となる12月下旬に行われた調査では、2021年の1月から夏のバカンス終了時までの期間について、既に旅行計画を立てていると回答した人は37%との結果となった。特に若年層(18歳~24歳)による旅行意識の高さが顕著となっており、国外旅行を希望する傾向にあるが、現状では依然フランス人の2人に1人は国内旅行が望ましいと回答している。一方で、回答者の38%はコロナ禍の終息後まで旅行を待ちたいと回答している。また、回答者の30%は、旅行の予約を直前に行うとしており、現状ではフランス人の旅行選考は大きく三分されている。旅行事業者にとっては、今後も柔軟な旅行プランの提供や、消費者を安心させる衛生対策の周知が求められるであろう。

 フランスの観光産業が受けた打撃は大きく、依然として先行きは不透明な状況にある。クレアパリ事務所では、観光大国フランスがこの危機にどう対処していくのか、またフランス国民の選好がどう変化していくのか、今後も注視していく。

【参考資料等】

フランス政府支援策等について

フランス国内キャンペーン(https://www.france.fr/fr/campagne/cetetejevisitelafrance

フランスの2020年観光傾向について

自治体政策

今後の旅行選好に関する調査