コロナ禍で振り返るパートナーシップ制度「PACS」
新型コロナウイルスの流行は、日本においてもテレワークの普及で自宅にて過ごす機会が増えたことで、家族と一緒に過ごす時間の大切さを改めて認識するきっかけとしてプラス面の影響も見られた。しかしその反面で、行動の制限によりほぼ終日同じ空間で過ごすこと、また在宅勤務と家事の両立の困難さなどからストレスが溜まることで、家庭内暴力や、いわゆる「コロナ離婚」につながるのではないかといったマイナスの側面も指摘された。
これらはフランスも例外ではない。3月中旬に始まったコンフィヌモン(本来は「監禁」の意)=ロックダウンの段階的解除が5月に始まって以降、報道によれば、弁護士への離婚相談が前年と比較して増加したほか、2017年に協議離婚手続きが簡易化されたことなどもあり、今後も離婚件数の増加が見込まれている。また、外出制限による結婚式の延期などにより、昨年同時期より婚姻件数が大幅に減少している地域もあり、フランスでは約20年間、結婚件数が減少傾向であるが、コロナ禍が拍車をかけることが予想される。
なお、調査会社であるIFOP(Institut Français d'Opinion Publique)が3,045人を対象に行った調査によると、ロックダウン明けの5月において、11%の人々がパートナーと距離を置きたいと思っており、また4%の人々が永久に別れたいと回答したというが、一方で、コンフィヌモンがカップル間の距離を近づけたという前向きな回答も30%あることから、捉え方は人によりさまざまだったとも言える。いずれにしても、コロナ禍はフランスの家庭のあり方にも影響を与えると考えられる。
●PACSというあり方
フランスの家庭を顧みるにあたり、家庭の中核となるカップルの一つのあり方として大きな役割を果たしているのが、1999年に制定された民事連帯契約制度「PACS(Pacte Civil de Solidarité)」である。PACSは「同性または異性の成人2名による、共同生活を結ぶために締結される契約」(フランス民法第515-1条)と定義され、次のような特徴を持っている。
①締結及び解消手続き
締結は必要書類を揃えて公証人に依頼、または本人たちが市役所にて手続きを行うことで終了。
解消はどちらかが申し立てることで解消でき、煩雑な条件や手続きがない。
②社会保障関係
どちらかが社会保険に加入していない場合、パートナーの社会保険(医療、死亡等)による保証を受けることができる。
また、出産や子どもに関する家族手当(Allocations familiales)についても結婚と同様に受給できる。
③税制関係
所得税の共同申告が可能。また、民法上の法定相続人に含まれないため遺言書が必要だが、遺言によって相続人となった場合は
相続税が免除される。贈与税に関しても一定の控除あり。
④財産関係
PACS締結後に所得した不動産や車などの財産は共有とする。ただし、相続や贈与によって得た財産には適用されない。
なお、PACS締結前の財産は、特別に定めない限り所有者に帰属する。
相続については法律婚と異なり、パートナーへの法定相続、遺留分はなく、遺言書が必要となる。
⑤その他
・パートナー間の扶養義務や救護義務、生活維持のための必要な負債への連帯責任を負う。
・住居について、賃貸契約をしていたパートナーが離別または死亡した際、残された者が継承できる。
・共同での養子縁組不可(カップルの片方のみとの関係であれば可)
●PACS導入の背景
PACSが導入された当時、その主な目的は、法律婚が認められていない同性カップルの身分保障であった。今でこそフランスは2013年に成立した「みんなのための結婚法(原:Le Mariage pour Tous)」により同性婚が認められているが、1980年代までは同性愛に関する刑事規則が存在し、異性愛と同性愛には法的な区別が残っていた。その後、1985年に性的差別が人種差別同様禁止され、そこでは、同性愛などの性的指向に基づく差別も禁止されることになったことから、当時、法的地位を与えられていない同性カップルの保護についての議論が徐々に進められた。同性カップルは、事実婚の異性カップルには認められる社会保障や福利厚生などが認められないことや死別の際の財産の取扱いなど、様々な面でパートナーが社会的に認められないなどの不都合に直面していたことから、同性カップルの身分を保証するための運動が展開されていった。当時流行していた感染症であるエイズ禍にあって、パートナーの入院や死別などに際して様々な障害があったことも一つの契機と言われている。
また、1960年代後半以降フランスでは五月革命や女性解放運動が起こり、結婚や性に関する女性の権利や価値観が大きく変化したことも背景にあった。こうした変化に伴い、女性の経済的自立が促進されたことや、男女間の関係の変化に伴い、法律婚というかたちをとらないカップルが増加した。このような「Union Libre(ユニオン・リーブル=自由な関係)」、「Cohabitation(「同居」「同棲」の意)」、「Concubinage(内縁関係)」等といった事実婚関係は、当初は結婚に至るまでの「試行期間」と捉えられていたが、これが徐々に社会に根付いてきていた。1968年から2001年の間に、こうしたカップルは、約8倍となり、250万人に上っていた。
●PACSの定着
こうして導入されたPACSは、実際に制度を利用するのは異性カップルが大勢を占めたが、利用カップルは年々増加、定着し、今日、PACSは法律婚と肩を並べるほどの存在となっている。その背景として、結婚に対する社会的価値観の変化があるとみられている。例えば、導入時の背景にもある女性の社会進出により、家族のかたちも、かつての「男性は仕事、女性は家庭」といった性別役割分担から、お互いの自立を重視するよう変化していったことや、それに伴い、男女関係なく経済的自立のための労働が可能となり、「結婚」という言葉に付随する古典的なイメージを嫌い、また、一度結婚すると離婚が難しいという法的な制約を煩わしく考える人々が増えたことなどが挙げられる。こうした法律婚にとらわれない自由な生き方という価値観が広がった結果、法律婚と比べ、特に締結と解消の点で面倒な手続きが必要なく、それでいてほぼ同等の権利が得られるPACSは若い世代を中心に普及していったと言われる。
2018年には、婚姻件数234,735件に対し、PACS締結数は208,871組にまで上った。なお、PACSも法律婚における離婚と同様に解消されることがあるものの、2016年の解消率は、法律婚の離婚率55%に対し、PACSは解消率44%と、法律婚よりも低い。さらに、PACS解消の半数近くは法律婚への移行を理由としていることから、実質的にはさらに低くなると考えられる。PACSの大幅な増加にはフランス人のさまざまな家族観との合致が考えられ、子どもの誕生や持ち家の取得などを契機として結婚に移行するPACSカップルもあるなど、従前家族の起点であった結婚がPACSを経るといった家族像の多様化が見られる。PACSを経た結婚とそうでない結婚の離婚率の違いなど、制度導入から長期間が経過して初めて顕在化する数値もあると思われるが、いずれにしてもPACSがフランス社会に定着していることに異論の余地はない。
なお、2017年に離婚件数が大きく減少しているが、2017年から、従来必要であった裁判所での離婚手続きについて、協議離婚に限っては弁護士を介して合意書を公証人に寄託することで不要となったことがあり、この手続きによる協議離婚は含まれていない統計であることに留意が必要である。
(Inseeの資料を基に作成)
(Ministère de la Justiceの資料を基に作成)
●PACSの副次的効果?
1990年代前半、フランスでは出生率が低下傾向にあったが、90年代後半から数値は徐々に回復し、現在では欧州連合(EU)諸国中でもトップクラスの少子化対策先進国となっている。子育てしやすい環境づくりのためにさまざまな分野で家族政策や制度に力を注いだため、それらの要素が相まって出生率の改善に繋がっていったという評価であるが、ここにPACSも少子化対策として一定の効果があったという見方もある。
この見方の背景としては、PACS締結カップルの間に子どもが生まれた場合、法律婚とは異なるためその子どもは非嫡出子となるが、そこに社会的な差別はなく、先に挙げた社会保障などは結婚と同様に受けられることが挙げられる。加えて、子育てに対する支援策や、両親が共働きをしやすい環境が整備されているため、経済的メリットも手にすることができる。フランスでは嫡出子・非嫡出子の区別なく、「いかなる生まれでも子は同等の権利を有すること」が法制化されているため、子どもが生まれて育つことに親の結婚は関係ない。それが当たり前の社会であるため、未婚の親から生まれた子どもが肩身の狭い思いをするようなことがなく、法律婚家庭の子どもと変わらない生活ができる。
また、PACSは、仮にパートナーとの関係が悪化した場合、法律婚と比較して手軽に解消できるという特徴があるが、これはカップル間に子どもがいた場合も同様である。フランスにおいては、両親が結婚・PACS・事実婚(後二者は子供に対する認知がある場合)いずれの関係にあっても、親権は両親が行使するもので、離婚や離別があっても、原則として共同親権のままであり(フランス民法第373-2条)、両親は互いに他方の親と子の関係を尊重しなければならないとされている。そのため、関係解消後においても、片方の親のみが育児の負担を抱えることはなく、両方の親が子どもの面倒を見ることが一般的であり、子どもにとっても両親の離別に伴う心理的な負担がいくらか軽減される。
これらのPACS等における子どもの位置付けが、子どもを持つ前提として結婚以外の形も社会的に許容されていることで、さまざまな家庭の形を可能にしていると言え、結果として子供を持つことにつながっている可能性がある。前述のPACSの解消理由の半数が結婚ということも、その傍証の一部と言えるかもしれない。また、フランスでは別れたカップルがそれぞれの子どもを伴って新たな家庭を築く「複合家族」も多く存在する。
実際、フランスで出生した子どもに占める婚外子の割合は非常に高く、2017年には約770,000人の新生児のうち、その6割となる約461,000人がPACSや事実婚を含む世帯における婚外子である(海外県含む)。
(Inseeの資料を基に作成)
(Inseeの資料を基に作成)
●コロナ禍でのPACS
新型コロナウイルス禍におけるPACSを見てみると、その手続きは申請だけでよいことに加え、公証人が証書を作成するにあたり、感染拡大防止対策として電子署名やビデオ会議システムを用いることで、当事者がその場にいなくても手続きができる。明確なデータはまだ発表されていないため、これまでと同様の傾向を示すのかまだ明らかではないが、結婚ほど長く待つ必要がなく、また場所を選ばない点でアドバンテージがあるため、締結・解消手続きは従前どおり実施できたと予想される。
対して、法律婚の結婚式は市庁舎で首長立ち合いのもと婚姻宣言を行うものだが、ロックダウン下では参列人数の上限が6人に制限され、マスク着用や消毒も義務化されている。そのような中、例えば、オクシタニ州のモンペリエ市では参加者が規則に違反した式を行ったことで警察が介入する事態に発展したり、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ州のモンベリアル市のように、外出制限による結婚式の延期等によって、昨年同時期より婚姻件数が半分に減少した地域もある。
12月現在、フランスは10月末から春以来2度目となるロックダウンにより、再度日常生活において多くの制限が課されていたが、段階的緩和が進められている。12月15日には緩和第二段階に入る予定であるが、感染状況が十分改善せず、予定通りの緩和が危ぶまれている。なかなか収束の兆しが見えないこの状況において、新しい生活様式の導入、そして家族間のコミュニケーションや在り方が再び問われている。
PACSは、フランスの変化する社会や価値観の中で作られ、定着してきたものである。日本においても同様の制度を取り入れるべきか、軽々に判断できるものではないが、新型コロナウイルスが世界中で社会の様相や個人の価値観に大きな影響を与える中、法律婚とPACSがフランスの家庭にどのように影響していくのか、また、日本にどのような示唆が得られるかという観点から引き続き注視していきたい。
【参考サイト及び文献】
1.Insee(https://www.insee.fr/fr/accueil)
2.Ministère de la Justice(http://www.justice.gouv.fr/)
4.在フランス日本国大使館(https://www.fr.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html)
5.Jacques Combret(小柳春一郎・大島梨沙 訳)「フランスの離婚手続と公証人」, 2017年
6.中島 さおり「なぜフランスでは子どもが増えるのか」,講談社現代新書(2010年)
7.牧 陽子「産める国フランスの子育て事情」,明石書店(2008年)
8.三浦 信孝、西山 教行「現代フランスを知るための62章」,明石書店(2011年)
9.佐藤 典子「フランスのPacs法成立と象徴闘争としての親密関係の変容」,三田哲學舎(2004年)
10.北原 零未「フランスにおける同性婚法の成立と保守的家族主義への回帰」,中央大学(2014年)
11.光信 一宏「フランスにおける同性愛嫌悪表現の法規制について」,日本大学(2016年)
12.KSM News & Research(https://ksm.fr/archives/567776)
13.Les Journal des Femmes(https://www.journaldesfemmes.fr/societe/actu/2676029-montpellier-mariage-degenere-confinement/)
14.L’est Républicain(https://www.estrepublicain.fr/societe/2020/08/10/moitie-moins-de-mariages-celebres-en-2020-la-faute-au-covid)