パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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新型コロナウイルスとフランスにおける医療物資の戦略的備蓄(1/3)

新型コロナウイルスに関するフランスにおける医療物資の戦略的備蓄と備蓄戦略に関する政府の管理状況を巡る議論について、公的機関による報道資料および各種メディアによる報道を基に、3回に分けて、取り上げ紹介する。(第1回目)
なお、本稿は2020年5月20時点における情報であることに留意していただきたい。

 構成

(1)フランスの医療分野では誰がどんな役割を持つか

(2)危機管理と戦略的備蓄

(3)新型コロナウイルス禍の直面下における戦略的な備蓄状況

(4)備蓄の減少とリスク管理に関する論争

(5)国の措置

(6)地方自治体の役割

(7)避けられないリスクマネジメント改革

(参考)新型コロナウイルス感染症発生後のフランスのマスク調達について

 

全体要旨

フランスの医療分野に関しては、主にその権限は政府に属し、大規模な健康危機をもたらす状況に対処するため、政府によって戦略的な備蓄が計画されている。この備蓄計画は、連帯・保健大臣の指示に基づいて、国の資金により政府が調達している。

政府の戦略備蓄は、過去10年間で大幅に減少している。これは会計制度上、市場、特に外国からの輸入に、その調達先を求めたこと、また病院側等に責任の一部を委ねたことが原因とされている。今回の新型コロナウイルス禍の下、この戦略備蓄の不透明さなどの欠点が露呈したことから、フランス国内において大きな議論が引き起こされた。

新型コロナウイルス禍における、個人防護具や医療機器(人工呼吸器など)の膨大なニーズに直面して、政府は次の5つの措置を講じた。①流通のコントロール、②国内外での大規模調達、③備蓄品と生産品の徴用、④防護具の寄付の呼びかけ、⑤企業に対する提案の呼びかけ。

緊急事態の状況において、政府が病院への医療物資配布を重視したため、障害者施設や高齢者施設、在宅介護従事者への配布が十分になされなかったことから、こうした福祉分野においては、地方自治体が(本来の役割を超えて)、福祉専門職員などに対して防護具を提供する等、重要な役割を果たした。

新型コロナウイルス禍によって明らかにされた深刻な課題を踏まえ、医療備蓄の戦略的な備蓄と管理を行うために、外国への依存度を低く、政府だけでなく、市民に近い自治体等、地域内の関係するすべての主体が関わるような改革が求められている。

 

(1)フランスの医療分野では誰がどんな役割を持つか

フランスの医療政策は主に国の権限である。 連帯・保健省の直轄となる地域保健庁(ARS)によって各地域で実施されている。ARSは州ごとにおかれ全土に18機関があり、地域の公衆衛生政策を調整し、地域の医療を確保する責任をもっている。医療に関する資金に関しては社会保険が主な役割を担っている。  また、医療物資の備蓄に関しては、フランス公衆衛生庁(Agence nationale de santé publique(通称Santé publique France))が主な役割を担っている。

地方自治体の役割は、医療分野に関しては補完的な部分に限られているところである。コミューン(市町村に相当)は、地域の公衆衛生、海水浴等水浴上の水質や大気汚染の管理を担当している。県は、母子保護を担当している。また医療従事者(看護師、看護助手、救急救命士、義肢装具士、眼鏡技師など)の訓練は州によって行われる。

地方自治体に関する一般法典  (CGCT:Code général des collectivités territoriales)第L.1511-8条に基づいて、地方自治体は、①地域での医療専門家の配置や継続の促進、②地域と医療の質向上のために設置される保健センターの支援、③医療不足の地域における医学生のインターンシップを促進するための宿泊施設や交通の支援、④医療不足の地域で少なくとも5年間勤務することを約束した医学生への手当支給、①から④のために、財政資金を割り当てることができるとされている。

 

(2)危機管理と戦略的備蓄

人々の健康状態における疫学的観察や監視、人々を脅かす健康危機の観察、(医療リスクに関する)警報の発令、また脅威、健康危機に関する警報準備と対応は、医療制度の刷新に関する2016年1月26日の法律に基づき2016年5月に設立された公衆衛生に関する国家機関であるフランス公衆衛生庁が担当している。当該組織は既存の4つの組織を統合して設立された行政的性格を有する公施設法人であり、保健大臣(ministre chargé de la santé)の監督および連帯・保健省の管轄下において、保健医療総局(a Direction générale de la santé)に関連している組織である。

保健法典第L1413-4条は、フランス公衆衛生庁の役割について「保健を担当する大臣の要請に基づき、フランス公衆衛生庁(機関)は重大な公衆衛生の脅威から国民を守るために必要な用品とサービスの購入、製造、輸入、保管、移転、配給および輸出を行う。また機関は同じ条件で、備蓄の入れ替えと廃棄を行う。」と定めている。

フランス公衆衛生庁内の、警戒・危機管理局(la Direction Alerte et Crises)においては、①衛生事象への対応を準備し調整すること、②(深刻な衛生脅威から市民を保護するための薬事施設法人(l’Établissement pharmaceutique)を介して) 国の医療物資の戦略的備蓄の管理と流通を最適化することを担当している。    

「戦略的備蓄」とは、生物学的脅威、化学的脅威、放射能の脅威、原子力事故およびパンデミックの際に必要となる医療物資の備蓄を指し、薬品(抗ウイルス薬、解毒剤、抗生物質等)、医療用衛生用品(サージカルマスク、個人用防護具等)、小型医療器具(担架、やすり、ピペット等)、医療用消耗品(ガーゼ等)などを含んでいる。

公衆衛生法の条項L.1413-4の規定に従い、フランス公衆衛生庁が、警戒・危機管理局に置く衛生危機時市民保護医薬品管理部局(l’Établissement pharmaceutique pour la protection de la population face aux menaces sanitaires graves)は、連帯・保健大臣の要請に基づき、重大な衛生危機において市民を守るために必要な医療物資およびサービスを調達(輸出入、製造、流通)し、その保管、更新、場合によっては破棄まで行う。同部局は物資が常に使用できるようにする責任がある。

2019年7月時点では、国の戦略的備蓄においては、コンテナ約38,000個分の医療物資が備蓄されていた。これらの備蓄は、次の仕組みを通じて、国内のいくつかの場所に配分され保管されている。 

① フランス公衆衛生庁所管の全国備蓄庫(1か所)

② 7つの防衛管区内にある備蓄庫

③ 必要に応じ、各県の医薬品流通機関ネットワークにも保管

なお、「戦術的(tactique)備蓄」として、救急医療を担うSAMUが行う通常の任務(列車事故、工場事故、テロ襲撃等)のため、地域内で流通するより少量の備蓄があり、これらは、SAMU/SMURの各本部の置かれる病院に備蓄され、各病院の薬局が、各州のARSと協力して管理している。仏公衆衛生庁が、この備蓄範囲の定義や各管理主体の支援を行っている。

 

(3)新型コロナウイルス禍における戦略的備蓄の状況

2015年のフランス上院議会の報告書によると、2011年11月2日の省令には、公衆衛生上の緊急事態に対応するための国の戦略的備蓄として、医薬品(抗ウイルス剤、解毒剤、ワクチン、ヨード剤等)、医療用品(サージカルマスク、注射針等)、個人防護具(FFP2マスク、(欧州規格E149に定めるマスクで、日本のN95マスクに相当)防護服等)、天然痘対策計画の一環で備蓄される小型医療消耗品および消耗品(ガウン、診察用ロールシーツ等)が含まれると定められていた。

医療物資の備蓄量は、2010年の公聴会において、公衆保険庁長官は、マスク17億枚の備蓄に加え、6,000人分の人口呼吸器を持っていると説明。

しかしながら、新型コロナウイルスが発生した時点での備蓄は、サージカルマスクが1億1,700万枚。一方、FFP2マスク(欧州規格E149に定めるマスクで、日本のN95マスクに相当)の備蓄はなかった。なお、2010の公聴会で述べられた人口呼吸器6,000人分については、行方不明。

 ※マスクの備蓄の経緯については、本稿「(参考)新型コロナウイルス感染症発生後のフランスのマスク調達について」の項目を参照。

 

【パリ公立病院連合(AP-HP)の医療物資の備蓄・対応事例】

イル・ド・フランス州内の39の大学病院で構成される医療公施設法人のAP-HP(Assistance publique-Hôpitaux de Paris, パリ公立病院連合、職員数約10万人)の新型コロナウイルス感染拡大の時点でのマスクの備蓄量は250万枚程あった。

平常時のAP-HPのマスクの消費量は1日当たり1万から1万5,000枚であるが、ウイルス対応ピーク時には、サージカルマスクが1日19万枚、またFFP2マスクが4,5000枚に達した。在庫が減り、調達もむずかしくなったため、マスクの使用数を制限せざるを得なくなった。不足したのはマスクだけではなく、ガウン、フェイスシールド、医薬品も同じであった。医薬品は、日によってあと2、3日分しか在庫がないという日もあった。

医療機器不足に対応するため、AP-HPはケリング・グループ(ラグジュアリーコングロマリット)の資金提供を受けて購入した60台の3Dプリンタをコシャン病院の一室に設置し、大手企業や規制機関の協力の下に、医療従事者が必要とする医療機器の部材やフェイスシールドを製造した。

AP-HPの代表執行役会長であるマルタン・イルシュは、今後は国と病院の役割分担についての話し合いが行われるべきである、また病院は職員用の医療物資の備蓄に責任を持たなければならないが、備蓄にあたっては調達ルートが複雑であってはならない、と述べている。

続きは、「新型コロナウイルスとフランスにおける医療物資の戦略的備蓄(2/3)