パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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新型コロナウイルス禍におけるマルシェの運営

フランスとマルシェ(市場)

 日本で「市場」というと、せりの声が飛び交う卸売市場をイメージすることが多いが、フランスのマルシェは、「露店ないし屋根付きの公の場で商品売買されるところ、あるいは売るための場に集まった商人の集合」[1]と定義され、商人と客との間で直接商品の売買が行われる小売・屋台の集合体と認識することができる。マルシェでは、常設から週数回の開催まで様々な形態により、野菜、果物、乳製品、肉・魚などの食料品をはじめ、各種生活用品や衣料品、装飾品に至るまで多くの品物が売買され、常時大勢の人々で賑わっている。

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 野外マルシェの様子(左:フォンテーヌブロー(外出制限前),右:レンヌ(外出制限解除後))

 フランスにおけるマルシェの歴史は古く中世時代にまで遡るといわれ、食品や日用品の購入場所として、また、買い物客同士や販売員とのコミュニケーションといった社会的つながりを創出する場所として、その存在が国民に広く支持されてきた。さらに近年では、国民の健康意識の向上に伴い良質で安全なオーガニック産品(フランスでは「ビオ(BIO)」という。)の直販機能にも注目が集まっているほか、賑わいのあるマルシェの風景そのものが観光資源と捉えられるなど、小売形態が多様化した現代においてもなお重要な役割を担っている。2016年の民間調査[2]によるとフランス国内には10,683か所にのぼるマルシェがあり、うち約3割に当たる3,198か所が、人口2,000人以下小規模のコミューン(市町村に相当し、フランス国内に約30,000存在する)において開かれていると推計されている。

 これらマルシェは、公道や広場など公共の場で開催されることからコミューンにより管理がなされ、出店希望者は当該コミューンに対し営業許可を申請し、出店料を支払うという構造が一般的である。フランスにおいて新型コロナウイルスが猛威を振るい感染拡大防止の対応に迫られたとき、多くの人が集まるマルシェの開催の是非について判断が分かれることとなった。以下、この問題に関し国や地方自治体がとった対応を振り返ってみたい。

 

新型コロナウイルスの感染拡大とマルシェの閉鎖

 フランスでは3月から4月にかけて新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していた。3月7日に累計1,000件(949件、死者16人)に迫った感染件数は、1週間後の14日に4,500件(死者91人)、翌週の21日に14,459件(死者562人)、月末31日には52,128件(死者3,523人)と驚くほど増加した。このような感染拡大期の真っ只中にあった2020年3月14日土曜日夜、フランス政府は、カフェ、バー、レストラン、ディスコ、映画館などの国民生活に必要不可欠とはいえない店舗や施設の閉鎖を発表し、国民に対し自宅への待機を要請した。この措置は翌15日午前零時から即時適用となり、市中の人通りは目に見えて減少した。続く16日夜にはマクロン大統領がテレビ演説で移動制限の強化を発表し、翌17日正午より、食品等の生活必需品の買い物、遠隔で行うことのできない診察・看護、必要最低限の運動など、極めて限定された目的以外での外出は一律に禁止され、違反者には罰金が科される事態となった。この段階において、マルシェや食料品販売店、薬局、銀行、たばこ・新聞販売店、ガソリンスタンドなどの生活必需品の調達に関する店舗の営業継続は認められていたが、外出規制開始直後の週末にも関わらず大勢の買い物客で溢れ返る一部の屋外マルシェの様子がメディアで伝えられると、マルシェ空間における衛生管理に疑いの目が向けられることとなる[3]。政府は当時すでに、1m以上の社会的距離の確保や手洗いの励行などからなる防御対策(Les gestes barrières)、100人を超える集会の原則開催禁止等の感染拡大防止策を示していたが、上述のマルシェの状態が一連の対策と相容れないと判断し、2020年3月23日のデクレ第293号において、屋内外、及び販売商品の種類に関わらず、マルシェを原則閉鎖とする措置を決定した。ただし、地域の実情に精通するメール(コミューンの首長、以下「市長」という。)の要請に基づき、その運営にかかる安全性についてプレフェ(地方長官)の審査をクリアし、かつ、食料供給上必要と認められる食品マルシェ(衣類、生活用品等の出店は不可)については特例として開場が許可されることとなった[4]

 なお、マルシェ関係者の全国組織であるフランス全国マルシェ連盟(以下、FNSCMF:Fédération  Nationale  des  Syndicats  des  Commerçants  des  Marchés  de  France)の発表によると、政府によるマルシェの原則閉鎖が決定される以前の3月17日時点において、既に100以上のマルシェがコミューンの判断によって閉鎖となっていた。これらのコミューンは、買い物客や販売員への感染拡大、及びマルシェへの入場規制や防御対策に必要となる職員の確保や安全に対する懸念を理由に閉鎖を決定したもので、上記の政府方針とも立場を同じくしていたといえる。また、首都パリ市のイダルゴ市長も、パリの周辺で感染が急速に拡大していた当時の状況下においては、社会的距離の確保等の防御対策を行ってもなお感染の懸念が拭えないことや、マルシェを運営するために求められる警備員、清掃員の数が多くなりすぎるものと判断し、早々にマルシェの開場特例を要請する意思がないことを発表して、この政府方針を支持した[5]

 

閉鎖への反発

 一方、多くのコミューンやFNSCMF等の業界団体は、マルシェが地方の小規模都市において生鮮食品を購入する数少ない手段であること、近隣の生産者等が自らの生産物を販売し収入を得ることができる重要な手段であることを主張し、経済活動の継続性の観点からマルシェの閉鎖に反対の意を唱えた。マルシェが持つこれらの機能は政府や国民にも広く認識されるところであり、上述のデクレにおいてマルシェの開場特例が認められた所以であったともいえる。政府によるマルシェ閉鎖の決定からわずか1週間しか経過していない3月31日時点において全体の4分の1に相当する約2,500ものマルシェが再開されたが[6]、これは、フランス社会においてマルシェが欠かせない存在であることが示された結果とみることができるだろう。

 また、マルシェの再開を求めた声が、リール、レンヌ、クレルモンフェラン、グルノーブル、トゥールーズなどといった大都市からも挙がっていたことにも注目される。例えば、ベルギーとの国境に近く、北部のビジネス・観光拠点として知られるリール市(人口約23万人:ノール県)は、マルシェの一律閉鎖が地域の実情を無視して決定された措置であり、スーパーマーケット等の大型量販店の少ない地区の住民など都市部にも買い物弱者は一定数存在すること、また、大型量販店ばかりでの買い物を推奨することが、同市が住民に対し長年推奨してきた地産地消による消費・品質確保の生活様式に反することを理由に、政府方針に反対した[7]

 

閉鎖から再開へ

 閉鎖期間中にマルシェを再開するためには、国の総合出先機関の長であるプレフェ(地方長官)に許可を得る必要があり、当該マルシェにおける感染防止対策の提示など、安全性の立証は市長の責任とされた。一方、その許可基準については法令等に具体の定めがなく、再開の是非はプレフェの裁量によるところが大きかった。以下に、公開された情報から確認できた判断基準の一例を紹介する。

 

イゼール県[8]

(オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ州,人口約125万人)

カルバドス県[9]

(ノルマンディー州,人口約70万人)

マルシェ内の店舗数

最大5店まで開設可

 -

マルシェ内の人数

最大50人までマルシェに入場可

最大100人までマルシェに入場可

店舗間の距離

各店舗間5mの距離確保

前面4m、左右5mの距離確保

顧客間の距離

 -

1m以上を確保

その他

・客が商品に直接触れないための物理障壁の設置

・市当局による適切な監視

・地元生産者による店舗であること

・市当局による適切な監視

【参考】感染状況

A. 3/24~4/1死亡者数

B. 8/2時点累計死亡者数

 

 A. 12人

 B. 153人

 

 A. 7人

 B. 85人

 そのほか例えば、フランス西部のロワール=アトランティック県(人口約139.5万人,県都:ナント市)では、3月26日時点で申請のあった57件のうち54件の開場特例が許可された[10]にも関わらず、同時期にパリ近郊のイヴリーヌ県(人口約143.8万人,県都:ヴェルサイユ市)では、一切の開場特例を認めない立場がとられた[11]など、プレフェの対応に差異が見られた。この件に関し、イヴリーヌ県のプレフェは、当該県の死亡者数が多いことや集中治療病床が不足している状況を鑑み、流行が減速の兆しを見せていないとの判断から3月下旬における再開を不許可としていたが[12]、4月16日の報道では一部マルシェの再開を許可したことが確認できる。確かに、当時イヴリーヌ県では新型コロナ感染による死亡者が増加しており、マルシェが閉鎖された3月24日(累計死者数17人)から4月1日(同119人)の約一週間で102人もの方が亡くなっている(8月2日時点累計死亡者数528人)[13]。一方、ロワール=アトランティック県の同期間の感染状況を見ると、3月24日(累計死者数6人)から4月1日(同36人)まで30人の増加であった(8月2日時点累計死亡者数164人)[14]。この結果を見ると、それぞれの判断には共に合理性があったものというべきであろう。

 一方、当時、マルシェの再開を強く望んでいた各地の市長や出店者からは、地域間の公平性に欠けるとの不満が噴出するところとなった。特に、政府によるマルシェ閉鎖の決定直後は市長からの開場特例要請をプレフェが拒否する事例が多く見られたが、市長らは主に下記の理由を挙げ、プレフェの決定には妥当性がないと反論している。

・マルシェの閉鎖は地域の食料供給を不足させるリスクがある。

・マルシェは全面閉鎖される一方、大型量販店の営業継続は認められており、取り扱いが不平等である。

・マルシェの閉鎖は大型量販店への顧客の流入を引き起こし、人口集中や混乱のリスクが上がる。

・大型量販店への移動手段(車)を持たない高齢者等から食料品購入の機会を奪う。

・管理された野外マルシェは、社会的距離の遵守が徹底されていない大型量販店より安全である。

・マルシェの開場を認めないことは、コミューンのマルシェ管理能力を軽んじる侮辱的決定である。

 マルシェの再開に当たっては、FNSCMF等の業界団体も行政への積極的な働き掛けを行っている。3月27日には、経済・財務省及び連帯・保健省の公認のもと、マルシェ再開に向けた準備や再開時の運営方法について詳細に記したガイドライン[15]を発表して、これに準拠して運営されるマルシェを再開するようプレフェと市長に対し呼びかけた。このガイドラインには、顧客間の1mの距離の確保や進行方向の一方化、マルシェ入出場時のアルコール消毒や警察等による誘導・コントロールの徹底などが含まれており、前述したプレフェの再開許可基準にもこのガイドラインの内容が随所に取り入れられているものと見られる。同団体は「一連の活動の成果もあり、3月26日以降、3,000以上のマルシェが再開された」と当該ガイドラインが果たした役割を強調している。

 なお、本稿にいう「マルシェの再開」とは完全な原状復帰を意味するものではないことにも留意が必要である。上記に記載のイゼール県のように、マルシェ内の出店数を制限していた例が多く、例えば、イル=エ=ヴィレーヌ県(県都:レンヌ市)でも出店数は15店以下に制限され、出店希望者の調整は地元生産者を優先すること等の基準が設けられた[16]。結果、同県レンヌ市のリスマルシェ(フランスで2番目に大きなマルシェ)は、通常約250もの店で構成されるにも関わらず、極めて限定的な再開にとどまることしかできなかった。もちろんリスマルシェのような大型マルシェは少数で、常時のマルシェ内の食料品店の平均出店数は15店程度といわれている[17]。ただし他県では、イル=エ=ヴィレーヌ県の基準よりさらに厳しい3~5店程に制限されるという事例もあった。

 

おわりに

 コロナ禍における地方マルシェの運営をめぐっては、感染防止を最優先する政府や一部自治体と、安全性を考慮しながらも、地域の食料供給網の確保や地産地消という生活様式の維持、近隣の生産者等の経済活動の継続を優先する自治体との間で、政策の優先順位の相違が争点となった。また、国によって課された全国一律の規制には地域の実情を汲み取る可能性が設けられていたにも関わらず、国の地方長官(プレフェ)との感染状況等現状評価のズレから生じる見解の相違により、本来、マルシェの管理者であるコミューンの意向が完全には反映されないという地方自治の根幹にも関わる複雑な状況を生み出した。ここにはフランス行政の多重性の問題も垣間見ることができる。3月17日正午から全土で行われた外出禁止措置は、5月11日から段階的解除が始まり、この日以降マルシェは、社会的距離確保の徹底(店舗間の最低2m、対人間の物理的距離1m)、全ての人の健康に配慮した対策の導入(マスクの着用、アルコールジェルの配備)等、適切な安全管理のもとでの開場が原則可能となった[18]。これにより上述の対立は解消されたが、第二波の可能性なども踏まえ、これまでのように国による一律規制という手法が最適であるか否かの検証も期待される。また、再び感染拡大も見られる中、外出制限やその解除に当たっては、政府が決める大枠の基で各地の感染状況等を考慮しながら地域ごとに適切な対応を決定するという動きもあり、今後の施策の展開を注視したい。

 


[1] 田中道雄(2007)『フランスの流通』p115

[2] https://www.cgad.fr/app/uploads/2017/09/Portrait-du-commerce-de-detail-alim-entaire-sur-les-marche%CC%81s-en-2016-1.pdf

[3] https://www.lexpress.fr/actualite/societe/en-images-au-marche-barbes-a-paris-difficile-de-respecter-la-distance-sociale_2121262.html

[4] Décret n°2020-293 du 23 mars 2020 prescrivant les mesures générales nécessaires pour faire face à l'épidémie de covid-19 dans le cadre de l'état d'urgence sanitaire

[5] https://actu.orange.fr/france/coronavirus-les-marches-bientot-interdits-a-paris-magic-CNT000001oM3tm.html

[6] https://www.lexpress.fr/actualite/societe/coronavirus-un-quart-des-marches-alimentaires-vont-rouvrir-en-france_2122419.html

[7] https://www.lille.fr/Actualites/Les-communiques (2020.3.28)

[8] https://www.francebleu.fr/infos/economie-social/coronavirus-le-prefet-du-calvados-detaille-les-conditions-pour-l-ouverture-de-marche-en-plein-air-1585157717

[9] http://www.isere.gouv.fr/Publications/Salle-de-presse/Derniers-communiques/Derogations-accordees-par-le-prefet-de-l-Isere-pour-l-ouverture-de-certains-marches

[10] https://www.francebleu.fr/infos/economie-social/coronavirus-au-moins-34-marches-vont-rouvrir-en-loire-atlantique-1585239496

[11] https://actu.fr/ile-de-france/saint-germain-en-laye_78551/yvelines-fermetures-marches-maires-se-heurtent-prefet_32533974.html

[12] https://actu.fr/ile-de-france/saint-germain-en-laye_78551/yvelines-prefet-explique-pourquoi-refuse-toujours-reouverture-marches_32746108.html

[13] https://www.coronavirus-statistiques.com/stats-departement/coronavirus-nombre-de-cas-yvelines

[14] https://www.coronavirus-statistiques.com/stats-departement/coronavirus-nombre-de-cas-loire-atlantique

[15] https://amif.asso.fr/actualites/instructions-relatives-a-l-ouverture-des-marches-alimentaires-couverts-ou-non-pendant-la-crise-covid19/

[16] http://www.ille-et-vilaine.gouv.fr/Actualites/Breves/ARCHIVES-Marches-alimentaires-maintien-a-titre-derogatoire-de-marches-en-Ille-et-Vilaine

[17] https://www.cgad.fr/app/uploads/2017/09/Portrait-du-commerce-de-detail-alim-entaire-sur-les-marche%CC%81s-en-2016-1.pdf

[18] http://fnscmf.com/deconfinement-au-11-mai-2020/