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パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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コロナウイルスを契機とした遠隔診療の大幅な規制緩和

 フランスにおける新型コロナウイルスの被害は甚大で、2020年6月3日時点で累計感染者数は約14万8000人、累計死亡者数は2万8000人超(人口10万人当たり感染者数220.83人、死亡者数43.12人)となっている。

 感染者数が日々100人単位で増加していた2020年3月、フランス政府は、インターネット等を介して医師の診察を受けられる遠隔診療に関する従来の規制を時限的に緩和した。規制緩和の目的は大きく分けると2つあり、1つは可能な限り他者との接触を避けることで、新型コロナウイルスの感染拡大を防止すること、もう1つは、新型コロナウイルス以外の病気を抱える人々に対して医療機関のアクセシビリティを向上させることである。医療機関を訪問することによる同ウイルスへの感染の不安や、医療現場の繁忙状況から、何らかの疾患を抱える患者らが通院を躊躇してしまい、そのせいで病状が悪化してしまうといった懸念されたためだ。

 そもそも遠隔診療については、患者、医師双方の時間の節約が可能となることの他、待合室等における他の患者からの感染を回避できること、また、特に医師不足が叫ばれている地域で、患者が長距離を移動することなく診察を受けられることから、以前よりフランスでは推進されてきた。具体的には、2018年9月15日に既に、遠隔診療に係る診療費が社会保険の適用対象となることを定めたデクレ(décret、政令)が施行されている。これにより、遠隔診療を受けた場合の自己負担額は、従来の物理的な診察を受けた場合と同額に抑えられるため、遠隔診療の利用率が高まると思われた。しかし実際には、社会保険の適用を受けるためには、過去12か月以内に受診歴がある医師による遠隔診療であることが条件とされ、利用率は伸びなかった。遠隔診療に係る医師の負担が大きかったことも、利用率の上昇に繋がらなかったといわれている。遠隔診療を行うためには、医師が情報科学の専門知識や技術を身に付け、オンラインで行われる診察に係るやりとりや資料の安全性を確保しなければならず、医師は「Doctolib」等の安全性が高い有料のサービスを利用する必要があるためだ。こうした専門的な技術をもつ医師は少なく、患者が遠隔診療を希望していても、技術的な問題やコスト面で医師が受け入れられないといったこともあった。

 このような遠隔診療における規制は、コロナウイルス禍という未曽有の事態に迅速に対抗するため、新型コロナウイルスの危機に曝された人々の社会保障対策として発出された既存のデクレ(2月1日に公布された同ウイルス感染による病気欠勤の際の休業補償について定められたデクレ)を段階的に改正することにより大幅に緩和された。

 まず3月10日に公布された改正デクレでは、同ウイルスに感染している、または感染の疑いがある患者は、初診の医師による遠隔診療であっても従来と同率で社会保険が適用されることが認められた。また同ウイルスに関する症状か否かに関わらず、遠隔診療の際は、カメラを搭載し、インターネットに接続されたあらゆる電子機器の利用が可能となり、SkypeやFacetime等の既存のテレビ電話サービスの利用等、専門技術を要しない手段での診察も可能となった。

 続いて、同月20日に公布された改正デクレではさらに条件が緩和され、新型コロナウイルスの感染者に、国家資格を有する看護師が行う遠隔看護費についても、過去にその看護師から看護を受けた実績がなかったとしても、社会保険が適用されることが認められた。併せて、同ウイルスへの治療や看護に係る遠隔診療費は、社会保険で限度額の100%が負担されることが定められた。また、すべての遠隔診療の際には動画の送受信が可能なスマートフォン等の電子機器が必要であるが、患者がそういった機器を使用できない場合には、電話を介しての診察も認められることとなった。

 その後さらに、新型コロナウイルスの流行に対処するための社会福祉関連規定を整備するオルドナンス(ordonnance、議会の承認を得て発する政令)が、4月16日に公布された。このオルドナンスの中で、3月20日以降に受診されたすべての遠隔診療に対し、社会保険が限度額の100%を負担することが定められた。新型コロナウイルスに無関係な症状であっても、同様に100%社会保険で負担される。従来診療費は、社会保険では限度額の一部(通常、かかりつけ医や、かかりつけ医からの紹介を受けた専門医であれば70%、そうでなければ30%)しか負担されないため、この措置により、一般の診療よりも遠隔診療の方が患者の自己負担額が軽減されることとなった。

 これらの規制緩和の結果、新型コロナウイルスへの感染が疑われる患者にとっては、過去の受診歴が問われなくなったことから医師の選択の幅が広がり、遠隔診療を受診しやすくなった。医師にとっては、専門技術を必要としないテレビ電話機能を介した診察や、場合によっては電話での診察が可能となる等、技術的な問題が解消された。多くの医師が、これを機に遠隔診療を開始したことにより、同ウイルスへの感染以外の理由で受診を希望する患者にとっても、遠隔診療を受けやすくなったと言える。診療費の自己負担額が減少したことも影響し、遠隔診療の利用は爆発的に増加した。

 規制が緩和される直前の3月2日から8日の1週間では、全診療行為に対する遠隔診療件数の割合はわずか0.1%だった。それが、3月23日から29日の1週間では11%となり、4月6日から12日の1週間では約28%となった。3月23日からの1週間では約50万件、これまでのピークとなった4月6日からの1週間では100万件超の遠隔診療が行われ、それ以降も、週当たり90万件程度行われている。

 このように政府が新型コロナウイルス対策として遠隔診療を推進する一方で、自治体の中には遠隔診療を地域における同ウイルス対策に組み込むところも出始めた。

 フランスでは、75歳以上の人々が新型コロナウイルスに対して最も脆弱であるとされており、事実、フランスにおける同ウイルスによる死者の約7割が75歳以上であり、また、死者の約4割は、高齢者施設の入居者で占められている。パリ市に近接するセーヌ・エ・マルヌ県は、地域保健局(Agence régionale de santé)や病院と連携し、高齢者施設で遠隔診療を受けられるよう体制を整えた。具体的には、施設入居者が適宜、連携病院の担当医による遠隔診療を受けられるよう、施設にタブレット端末を導入した他、連携病院では、待機している看護師が、夜間も施設入居者の緊急事態にすぐに対応できるようにしている。病院との連携や体制の整備はもとより、タブレット端末の導入により入居者の医療アクセシビリティが向上した。また同端末の活用により自身の家族ともコンタクトが可能となったことで、コロナ禍による入居者の精神的な負担が軽減されたと思われる。

 遠隔診療で医師ができることは、問診や画面越しの患部の診察にとどまるため、どうしても従来の診察に劣る部分は存在する。しかし、通院の手間や他の患者からの感染リスクを回避できる上、速やかに医師の助言や処方箋等を得ることができる等、利点も多い。継続して受診する必要があるような場合には、従来の通院と遠隔診療を併用することで、どちらの利点も享受することができる。

 今回の規制緩和を機に初めて遠隔診療を受け、利便性の高さを感じた人も多いと思われる。これらはコロナ禍における特例的な措置であるため、公衆衛生上の緊急事態の期限である7月10日までとされている。この期限後は従来の規制が適用されることになり、遠隔診療の利用件数は減少することが見込まれるが、将来の医療の在り方のひとつとして、今後の発展が期待される。