パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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フランスで活躍する日本人のお話

  5月13日(火)夕刻、パリ市内のホテルで山下朝史(あさふみ)氏の講演会が開催されました(主催:在仏日本商工会議所)。

 

 山下氏はパリ近郊で農園を経営、そこで収穫された野菜は名だたるフレンチの三ツ星シェフ等から賞賛され、以前より日本・海外のメディアでもよく取り上げられている方です。

 日本で農業経験がないにもかかわらずフランスで手探りで始め、そして世界に認められるまでになった日本人とはどのような方かということで、大いに関心を持って聴講しました。

 淡々と、そしてユーモアを交えつつ話され、会場からの質問にも丁寧に答えられる方でしたが、話の随所でやはりこの人でしか今の成功を得るのは難しかったのではないかと思わせる人生の決断、信念が垣間見えました(以下話の概要)。

・様々な経緯を経てフランスで野菜を作ることを決めたとき、丁度フランス料理界でもワサビやユズが流行りそうな雰囲気があったが、直感で「日本ならではの野菜は、今はいいがそのうち飽きられるではないか。自分はフランスにでもあるような野菜を作ろう」と考えた。

・パリの日本料理店に求められているのは、例えばフランスで獲れたほうれん草が灰汁が強いからといってお浸しには使わない、というのではなく、その茎を使ったり、灰汁の強い部分は削って芯を使って作ってみるとか、そういったチャレンジ精神ではないか。

・ある日本料理店で、自分が命を懸けて育てた野菜の価値を分かってもらっていないと知ったとき、売り上げのほとんどがその店であったにもかかわらず即断で取引を止めた。

 ・その後フレンチレストランに野菜を売ろうと決めたとき、とりあえず近所のビストロからコツコツ売り始めるというようなやり方は筋ではなく、まず星付きレストランからいこうと考えた。

 ・栽培だけでなく収穫も大切。決まった量を機械的に収穫するのではなく、自分はその都度最もいい状態のものから順に選んで収穫している。

 ・いい野菜とは、「適用範囲(定められた条件)の中で順調に育ったもの」「旬のもの」「収穫から消費者の口の中に入るまできちんと管理されたもの」。

・いろんな人から「事業の拡大を考えないのか」といった質問を受けるが、そのつもりはない。今でも野菜一つ一つを嫁に出すような気持ちで大切に接している。

 ・自分の土地の条件が悪いからといって施肥して土地を変えようとしても変わらない。自分が変わらないといけない。「怒りながら」強引に雑草を抜いても根は残ってまた生えてくる。一字違いで、「祈りながら」やさしく抜けばスっと抜けるもの。

 常識にとらわれない発想力、与えられたものに対する謙虚さそして時に大胆さ、信じて進んだ道をぶれないなど、組織人であっても持っておくべき心構えを聞くことができました。

 講演後「会場がシーンとしてしまいましたね」と山下氏は話されましたが、それは決してしらけたというものではありませんでした。講演後の懇親会で、山下氏はひっきりなしに質問を受けていたことが何よりの証拠です。

 そして肝心の、クレアパリ職員としてどうであったか、というところです。

講演では「自分の技術を教えてほしい人にはノーガードで教えている。」と言われていましたが、そうは言っても日本とフランスでは気候も土壌も違いますから、日本の自治体の参考となるかどうかは未知数です。

ただ懇親会では質問に対し「日本の農産物を売りたいというのなら協力はできる。」という趣旨のことも言われていました。

これらの発言は(私が納得できる野菜を持ってきてもらえればという)山下氏の自信の裏返しに他ならないのでしょうけど、まずはフランスで影響力を持つ日本人とクレアとの、新しいつながりのきっかけとなりました。





 

 

 

 

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