パリ事務所(クレア・パリ=CLAIR PARIS)は、日本の地方団体のフランスにおける共同窓口として、1990年10月に設置されました。

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アルザス統合に住民はNON

昨年12月、「アルザスの『州・県統合』の行方」についてレポートしたところであるが、当初の予定通り、去る4月7日、「州・県統合」の可否を問う住民投票が行われた。
結果は、統合に「Non」であった。

結果は、統合に「Non」であった。
アルザス全体で見ると「Oui」の得票率は57%と過半数を確保している。
しかし、2010年の地方公共団体改革法(地方自治法典4124条の1)は、州・県合併の要件として、「関係県のそれぞれにおいて、有効投票数の絶対多数かつ登録有権者数の1/4以上の賛同が得られた場合」に限り政府は手続きを続行する、と定めている。

具体的には、バ・ラン県では「Oui」が有効投票数の67%余りに達したものの、投票率の低さから、登録有権者数に占める割合は23%程度にとどまり、「1/4以上」の要件を満たすことができなかった。さらに、オ・ラン県ではそもそも「Non」が55%余りに達した。
主要都市別に見ると、バ・ラン県のストラスブールでは賛同票が大多数に上った(社会党の市長は棄権)一方、オ・ラン県では、ミュルーズで賛同票がわずかに上回ったものの、県都のコルマールでは反対票が上回った(右派UMPの市長も反対)。

アルザスの一体化に当初から懸念を示していたのは、統合によって都市の中心的機能がストラスブールに集中し、自分たちの町が周辺化するのではないかと考えたオ・ラン県側であった。
オ・ラン県側の懸念を払拭すべく、アルザス州議長、両県議長をはじめとする統合推進派は3年間にわたり議論を続け、様々な「工夫」を提案してきた。昨年11月に決定された「新自治体の組織の骨格」においても明らかにされているとおり、議決機関はストラスブールに、執行機関はオ・ラン県のコルマールに、と議会・行政を両県に「分割配置」するというのも、その工夫の一つである。こうしたプロセスを経て、アルザス州、バ・ラン県、オ・ラン県の3つの議会は、極右、極左など一部の党派を除いて、右派だけにとどまらず左派の一部に至るまで、大多数がアルザス統合に賛成の立場であった。この模様は前回のブログでも紹介したとおりである。

しかし、住民には統合の機運は十分に浸透しなかった。投票1か月前の時点でCSAが実施したアンケートにおいては、バ・ラン県では75%が賛同と見込まれる一方、オ・ラン県では賛同票が法定の要件、とりわけ「1/4」要件をクリアするのは困難と予想されていた。実際の投票結果は、このアンケート以上に、統合推進派にとって厳しいものになったことになる。

その要因について、フィガロ紙電子版は、統合の仕組みが複雑になりすぎたこと、またフランスが経済の停滞や記録的な失業率から脱することができずにいる中で、この「アルザス統合」という論点設定がこうした危機の打破にどう作用するのか、因果関係が住民には明確に映らず、関心を引き付けられなかったこと、さらには中央レベルでの政治の混乱が、地方での政治不信に波及したこと、などを挙げている。

いずれにせよ、これでアルザス統合の試みは潰えたことになる。

(パリ事務所長 黒瀬敏文)