アルザスの「州・県統合」の行方
アルザス地方に置かれた「アルザスAlsace州」はフランス本土でもっとも面積の小さい州(8280k㎡)であるだけでなく、ドイツとの国境付近における特有の歴史・文化・地理的背景を共有し、アルザス地方全体として社会経済上一つの堅固なアイデンティティを形成している地域である。
そのアルザス地方で、自治体の再編が注目を集めている。同地方には、アルザス州と、その中にバ・ランBas-Rhin県、オ・ランHaut-Rhin県という2県が置かれているが、階層を超えたこれら3つの自治体を一つに統合しようとするものである。
行政の「効率性」「透明性」の向上を目指す大胆な取り組みとして注目に値する。
地方制度に関し、右派は前サルコジ大統領が州、県、コミューンという三層の地方制度を「ミルフィーユ」と揶揄し、アルザスに限らず州・県の実質的な統合(州県の議員を全員兼任させる制度)を目指したように、その構造の簡素化によって効率性の向上を志向する傾向がある。
アルザスは保守的な政治風土でも知られている。例えば、フランス本土に置かれた22州のうち20州において社会党が与党の地位を占める中、このアルザス州とコルス州のみが右派であるし、バ・ラン県、オ・ラン県もともに与党は右派である。3団体の総議席数122のうち79を保守系が占める。
アルザス州 議席数 47 うち右派28、左派14、極右5
バ・ラン県 議席数 44 うち右派31、左派10、その他3
オ・ラン県 議席数 31 うち右派20、左派11
(計) 総議席数122 うち右派79
アルザスにおける自治体統合の動きも、こうした保守的な政治的傾向と無縁では無い。
左派社会党は、州県兼任議員制度の撤回を掲げるなどサルコジ改革を否定している。関係する州・県すべてのトップが右派であることは、今回の取り組みの推進に大きな影響を与えている。
ただ、社会党の現オランド大統領も、選挙戦中の2012年3月16日、「仮に自分が当選した場合であっても、アルザスの統合に向けた実験的取組に横やりを入れるようなことはしない」と明言している。アルザスの歴史文化的特殊性はやはり頭に置きつつ見ることが必要だろう。
■2007年6月4日、CESER提言
アルザス州議会の職能代表的諮問機関「アルザス州経済社会環境委員会(CESER:Conseil économique, social et environnemental régional d’Alsace、以下「CESER」という)」は今回の統合に向けた動きの先導役である。2007年6月4日には「同委員会は、州規模で単一の自治体を創設し、そこには普通選挙により選ばれた、地域・住民を代表する議員から構成される『アルザス議会Conseil d’Alsace』を設置すべきである。同議会は現在州および2県に属する権限を執行するものとする。」との意見を採択している。
その後、2010年12月16日に「地方公共団体改革法」が成立したのを受けて、CESERは2011年3月30日にも同旨の意見を改めて採択、「アルザスに透明性と効率性を」と重ねて主張している。
■地方公共団体改革法(2010年12月16日法)
この2010年12月16日法とは、州とその構成県との合併を認める初めての法律である。同法29条(溶け込み後の地方自治法典では4124条の1)には次のように定められている。
Ⅰ 州及びその構成県は、それぞれの議会における同一の議決により、それぞれが有していた権限を執行する単一の地方公共団体へと合併することを請求することができる。
当該地域が山間地域を含む場合には、合併案は山地委員会(les comités de massif)に諮問しなければならない。同委員会が、地方長官を通じて、州および関係県議会の議決の通知を受けてから4か月以内に意見を述べない場合には、同委員会は賛同したものと見なす。
Ⅱ 当該請求があった場合、政府は、関係県のそれぞれにおいて、有効投票数の絶対多数かつ登録有権者数の1/4以上の賛同が得られた場合に限り、手続きを続行することができる。
当該住民投票(consultation des électeurs)は本法(…条)に定められた手続きにより執行される。地方自治体を所管する大臣の定めたアレテにより投票日を定める。ただし、第一項の最後の議決の通知日から2か月以上空けなければならない。
Ⅲ 州及びその構成県の単一地方公共団体への合併は、その組織や行政運営について定める法律により定められなければならない。
■2011年12月1日、アルザス全体会議
この規定に従い、まずは州及びその構成県の各議会における議決がまず必要になるわけであるが、アルザスではちょっとした演出が施された。アルザス州、バ・ラン県、オ・ラン県の各議会が各々議会を開催するのに先立ち、3議会の全122議員が「アルザス全体会議(Le Congrès d’Alsace)」と称して2011年12月1日、コルマール市のオ・ラン県議会議事堂に一堂に会し、将来実現さるべき「アルザス議会」を先取りしたのである。
結果は、賛成101、反対1、棄権19、欠席1と圧倒的多数で新自治体の発足を支持した。
その際、新自治体への統合の狙いとしては以下のような点が主張されている。
・州や県という住民から遠い行政を住民の元に引き寄せることで可視性を向上
・自治体間の競合を防ぎ、意思決定過程を簡素化
・公共サービスを最適化
・組織の共有等により内部コストを節減
・ドイツやスイスとの折衝における発言力を確保
・国からの権限移譲の受け皿となる
■2011年12月~2012年2月、各議会における議決(法定手続き)
アルザス全体会議ののち、州・県の各議会においては、法律上の正式手続きとしての議決が順次行われた。2011年12月12日バ・ラン県議会にて可決、2012年2月13日アルザス州議会にて可決、同月17日オ・ラン県において可決。
これを受け2012年3月9日、政府は州地方長官を通じて、これらの議決を確認の上、手続きの続行を認めた。統合を問う「住民投票」への道がこれで正式に開かれたことになる。
■2012年3月24日、プロジェクトグループ発足
これを受け、2012年3月24日、50人から成るプロジェクトグループ(Groupe Projet)が初めて開催され、新自治体の組織や運営、ガバナンス、権限などについて具体的な提言の準備を進めることとされた。ただ課題は多岐にわたる。例えば、
・ 県組織は完全に解消するのか。この点につき、オラン県のシャルル・ビュットネール議長は、行政の近接性の維持を理由に、県が完全に消失してしまうことには反対を表明しているがどうするか。
・ 「アルザス議会」の議員の選出方法はどうするか。先に述べた2011年12月1日の「アルザス全体会議」では、多数代表制及び比例代表制を組み合わせた方式の導入が採択されているが、その具体的方法は明らかされていない。
・ アルザス議会をどこに置くか。現在のアルザス州庁所在地でありバ・ラン県庁所在地でもあるストラスブール市はその地位を維持したいと願う一方、オ・ラン県庁所在地のコルマール市は同市へのアルザス議会設置を主張。さらに同じオ・ラン県でもコルマールの倍の24万の人口を擁するミュルーズ市は、州庁所在地のストラスブールへの存置とバランスのとれた地域間機能配分を主張している。
・ 各自治体の公務員の身分保障や今後のキャリアパスをどうするか。
等々。
プロジェクトグループは、州及び2県の各議会から7人ずつ21人、CESERから6名、全仏メール連合など関係団体から3名ずつ9名、コルマール・ミュルーズ・ストラスブールの各都市圏共同体から2人ずつ6名、2県から国会議員4人ずつ8名の計50名から構成され、大枠の調整を進めることが期待されている。
■2012年11月24日、再びアルザス全体会議開催。来年4月住民投票へ
その後、大統領選挙及び国民議会議員選挙の影響で若干の日程の遅れはあったものの、2012年11月24日、ストラスブール市にて、再び122人の議員が結集し、アルザス全体会議が開催された。
当日は、賛成108、反対5、棄権9の圧倒的多数で、住民投票で問うべき「新自治体の組織の骨格principes d’organisation」が採択された。これはプロジェクトグループが精力的に調整をしてきたものである。住民投票は「1州2県の統合による新自治体の創設」の是非を問うものであるが、その際、この骨格も明示されることになる。
なお、住民投票は2013年4月7日が予定されている。
■アルザス自治体の「骨格」
この日採択された「新自治体の組織の骨格」の大要は以下のとおりである。
・ 新たに創設する自治体「アルザス地方共同体la Collectivité territoriale d’Alsace」はストラスブールを本拠地とし、アルザス州議会、バ・ラン県議会、オ・ラン県議会にとって代わる。
・ 議決権と執行権は区別され、新自治体はストラスブール市に本拠地を置く議決機関「アルザス議会l’Assemblée d’Alsace」とコルマール市に本拠地を置く執行機関「アルザス行政委員会le Conseil exécutif d’Alsace」により運営される。なお、このアルザス行政委員会の構成員はアルザス議会により選出され、同議会に対して責任を負う。
・ アルザス議会は、新自治体の政策を決定し、計画的運営を保障し、行政の運営ルールを定める。
・ 新自治体は法人格を付与され、現在州及び2県に属する権限および国から新たに移譲されるアルザス固有の権限を執行する。
・ アルザス地方共同体は、市町村及びその連合体との協議を通じて、一部の権限をこれらの団体に委任することができる。
・ 現在1州2県に属する業務の新自治体への移管に当たっては、職員の身分保障が考慮される。
・ 諮問機関として「アルザス州経済社会環境審議会le conseil économique social environnemental régional d’Alsace」を設置する。同審議会は、アルザス議会議長及びアルザス行政委員会委員長から諮問を受けるほか、新自治体の権限に属するあらゆる分野について自ら意見を述べることができる。
・ アルザス議会議員の一部は、カントンを単位とした多数代表制により選出される。また他の一部は州を選挙区とする比例代表制により選出されるが、旧県からバランスよく選出されるよう一定の区分を設ける。
・ 両性の平等を保障するため、各候補者名簿には男女の候補者を交互に掲載すべきものとする。
・ 議員総数は、現行のそれに比して10~20%の削減となる。
・ 現行のバ・ラン県、オ・ラン県に対応し「県域協議会conférences départementales」を設置する。同協議会は法人格を有さず、バ・ラン、オ・ランの各県域に属するアルザス議会議員から構成され、アルザス行政委員会の副委員長が会長を務めるものとする。
・ 生活圏に着目をして画定されたエリアごとに「生活圏委員会conseils de territoire de vie」を設置する。同委員会は法人格を有さず、構成員は一定のエリアごとにアルザス議会議員の中から選出され、アルザス行政委員会の副委員長が会長を務めるものとする。同委員会は、地域との対話のツールとして活用されるとともに、アルザス議会において決定された政策の一部の実施に当たる。
複雑に見えるが、次のように考えるとイメージし易い。
まず前提として、フランスの自治体は議員内閣制的な形態をとっている、すなわち議員の中から執行機関としての議長(いわば知事)やメール(市町村長)、そして各分野を担当する複数の副議長や副市長村長が選出され、行政運営に当たっている。
アルザス議会も、その議員の中から執行機関たるアルザス行政委員会の構成メンバーを選出するとともに、その副委員長(言わば州の副知事格)が旧来の県域ごと或いは生活圏ごとに設置された組織(県域協議会、生活圏委員会)のトップを務める(これはパリの副市長が区長を兼ねていることにも通じるものがある)と考えれば分かり易いのではないだろうか。なおこの案で執行機関が委員会制をとっているのは、同じく地域の独自性の高いコルス州(le Conseil exécutif de Corse)のアナロジーと考えられる。
■今後の展開 ~2013年4月7日、「住民投票」~
来年4月7日の「住民投票」の結果が待たれるところであるが、本当に予定どおり執行されるのかも含め、まだまだ不確定要素がありそうな状況である。
仮に住民投票が行われ、バ・ラン県、オ・ラン県それぞれにおいて有効投票数の絶対多数かつ登録有権者数の1/4以上の賛同が得られた場合には、政府がそれを踏まえて組織や運営の細目についての立法措置を講ずることになる。この点は、先に引用した条文のとおりである。
もちろん、住民投票は新自治体創設の可否自体を問うものであり、その組織等の細目についてまで立ち入るものではない。またそれに続く政府の立法内容も上記の「骨格」案に縛られるものでもないが、その立案過程において、アルザスにおけるこうした議論の内容が重要な情報として参照されることになろうことは言うを俟たないだろう。
(パリ事務所長 黒瀬敏文)