ナント歴史博物館の北斎展を通した、小布施とナントの文化衝突
執筆:塩澤 耕平(Kohei SHIOZAWA)
ナントで『小布施の北斎』展が、盛大に開催中
ロワール川河畔の文化都市で、ナント歴史博物館主催「小布施北斎の傑作展 Hokusai (1760-1849), chefs-d’œuvre du musée Hokusai-kan d'Obuse」が開催されています。アン王女で有名なブルターニュ大公城を有効活用して開催されるこのイベントは、私が副館長を勤める北斎館(ほくさいかん)が管理・所蔵する北斎作品160点だけで構成されています。
ナント歴史博物館 「小布施 北斎の傑作」展 フランス版プレスリリース表紙
Exposition <<Hokusai>> © David Gallard – LVAN / Musée d’histoire de Nantes
日本の雄大な北アルプスを眺めることができる長野県小布施町(ながのけんおぶせまち)にある小さな美しい葛飾北斎(かつしかほくさい)の美術館は、この江戸の天才絵師の作品を中心に展示することで、年間15万人の来館があります。栗の農業や栗菓子の生産にも長けたこの町は、「北斎の町」として有名であり、江戸幕府から創作活動を制限されていた多才な創作者が人生の晩年に小布施に訪れ、その土地の豪商 高井鴻山(たかいこうざん)に依頼されて傑作を残しました。
北斎が小布施に残した上町祭屋台天井絵「男浪」
Exposition <<Hokusai>> © David Gallard – LVAN / Musée d’histoire de Nantes
ブルターニュ王の立派な城の倉庫を、光・湿度・温度に繊細な掛け軸も展示できる環境に美しく設営された会場は見事で、フランス国内の主要な美術メディアが自分たちの企画が開かれているように熱心に取り上げていただきました。連日1000人以上の入館があり、最終入館者数は12万人以上が見込まれています。フランス西部の港町に、不思議に似合う浮世絵の大きな波を使ったタベストリーが数多く掲げられ、風に舞っています。書店からは512ページの図録が羽を持って飛んでいき、お土産物屋さんにも遠い国で活躍した遠い昔の絵師の絵画を、今の自分たちの生活に取り入れるものが賑やかにひしめいています。
展示会売店のグッズもバラエティに富んでいる。特に、図録の売れ行きが好調
Exposition <<Hokusai>> 画像提供:著者撮影
小布施となら、『新しい北斎展』になる。
きっかけは、2022年4月、在フランス日本国大使館の担当者とのやりとりでした。北斎展を地方都市で開催するというものでしたが、当時はまだコロナ禍ですぐに具体化できるとは思いもせず、「いつか実現できれば嬉しい!」と話したのを覚えています。それから1年ほど、大使館の協力もあって候補地域を探し続け、出会ったのがフランスのナントのお城を改装した博物館のベルトラン・ギエ(Bertrand GUILLE)館長でした。
ナントの文化的情熱を持ったこの男性は、2023年4月、北斎が訪れた小さな美しい町に訪問して、「これならできる!」と確信したそうです。とても日本の絵画が好きな彼は、北斎の展覧会はやってみたいテーマでしたが、これまでの欧州における北斎展で、北斎の版画の魅力や、時系列での作品紹介はすでにやり尽くされたと思っていたそうです。ですが、小布施の北斎を見て、版画作者ではなく「画家」としての北斎を発見したのです。
北斎館 館長の安村敏信(左)と、肉筆画を詳細検討するベトランド・ギエ館長(中央)
画像提供:北斎館
日本の文化を愛するナント城の館長からの提案は、「北斎館からの絵画のみで展覧会を成立させるため、作品160点を貸してほしい」ということでした。これだけの作品数を貸すのは、小規模なコレクション数の北斎館としては大きな決断でしたが、北斎を小布施に招いた高井鴻山(たかいこうざん)の末裔でもある市村次夫(いちむらつぎお)理事長の大きな揺るぎない決断があり、今回の企画が実現しました。
『北斎』だから、人が集まっているのではない
今回の展示は、フランス国内のみなさんが、「北斎が好きだから」という理由で訪れているのではありません。展示の内容が卓越しているのです。年代的な作品陳列をやめ、「波」「植物・動物」「妖怪」などの象徴的なテーマでまとめたことで非常に理解しやすい芸術品となりました。なにより、小布施の北斎館への尊敬が込められています。
来年には、この成果を持って、北斎館50周年秋の特別展にて「フランス ナント歴史博物館 凱旋展」を綿密に計画しており、ナントからの使節団もご招待して、さらなる文化交流を進めていきます。
「文明の衝突」 から、交流が生まれる。
ギエ館長のこれまでの展覧会に通底するテーマは、「文明の衝突(The Contact of Civilizations)」にあるとお聞きしました。文化交流とは、自らの文化をさらに深め、それを顕彰(※けんしょう=広く伝えていく)していくということです。つまりは、ナントから訪れてくれた来賓には、塩バターキャラメルのアイスクリームを提供するのではなく、小布施栗の和菓子を提供することなのだ、と実感しているところです。
「独自文化の衝突」を通して、日本とフランス。小布施とナントの交流が進む。
Exposition <<Hokusai>> 画像提供:北斎館
ナント市内の書店では、北斎の書籍が多く陳列され、展覧会図録が好評
画像提供:北斎館
展覧会会場内には、若者や子どもも多く訪れている
Exposition <<Hokusai>> 画像提供:北斎館
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